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平成22年12月27日(火) 信濃毎日新聞
 日本の実力
 繊細さ
 超微小手術 0.3ミリのリンパ管をつなぐ

東大病院の手術室のモニター画面に映るオレンジ色の脂肪の中で、特殊なピンセットでつまんだ銀色の針が踊る。「こんな細い針を扱う技術は、はしで米粒を拾うのと同じなんだわ」。
形成外科の光嶋勲教授(58)は顕微鏡をのぞき込みながら、極細のリンパ管を静脈に縫い付けていく。光嶋教授が20年来開発してきた超微小手術。手先の器用さとものづくりの結晶といえる手術法は世界に広がった。
この日の患者はリンパ液の流れが滞って脚が腫れ上がる原発性リンパ浮腫の60代女性。リンパ液が静脈に流れるように、直径0.3㍉のリンパ管を直径0.8㍉の静脈に6針で縫い付けた。これを数カ所で行う。リンパ浮腫はがん治療後の後遺症として現れることも多いが、最近まで治す方法がなかった。
その治療を可能にしたのは、シャープペンシルの芯の太さ(0.5㍉)に匹敵する直径0.3?0.8㍉の血管や神経、リンパ管をつなぐ超微小手術だ。脳外科など通常の手術でつなぐ血管は細くても直径1㍉程度までとされる。
形成外科では、失われた体の一部を再建するため、「皮弁」と呼ばれる血流のある皮膚や脂肪、筋肉を患者自身の体から採取して移植する。光嶋教授は1980年代、大きな皮弁は筋肉を含めて採取するとの常識を覆し、0.5㍉程度の細い血管が付いていれば筋肉を含めなくても移植先で生着すると報告。この「穿通枝皮弁」を使った新しい再建術を次々に開発していった。例えば、乳がん切除後の乳房の再建では、以前は腹筋を含むおなかの一部を切除して移植していたが、脱腸などの副作用も多かった。穿通枝皮弁による乳房再建術では筋肉は温存される。患者の負担が少ない乳房再建術として注目され、世界の標準となった。頭や手足の損傷に太ももの皮弁を移植する手術なども、日本から世界に進出した。

進化はそこにとどまらない。神経に栄養を供給する細い血管を付けたまま足の感覚神経を採取すると、顔面まひの治療に使えることが分かった。神経束を割いて長くして使う手術、リンパ浮腫の治療など、数多くの独創的な術式を編み出した。
光嶋教授は、97年からベルギーや米国、シンガポールなど20カ国以上で手術の講習会を開催、これまでに5千人以上の外科医らが参加した。
カナダ・トロント大のステファン・ホーファー准教授(形成外科)=(44)=は「ドクター光嶋の穿通枝皮弁を使った手術は世界中で再建外科の基礎になった。たくさんの外科医がその技術に取り阻んでいる間に、超微小手術という一分野を開拓してしまった。高度な技術なので今のところ世界でも一握りの人しか習得できない。手術の結果は上々で、数年後には多くの外科医が追随するだろう」と評価する。
微小な血管をつなぐ手術は、奈良医大の医師が世界で初めて完全に切断された指をつなげるのに成功した65年ごろから、日本が世界をリードしている。光嶋教授によると、手術は日本のほか、はしの文化圏である韓国や台湾、中国などの医師が上手だが、「違うのは道具。針は日本の職人でないと作れない」という。
光嶋教授がリンパ浮腫の手術で使った針は長さ2.5㍉、直径0.05㍉。目を凝らしてやっと見える大きさだ。この針を含め、直径0.03㍉の世界最小の手術針を製造している医療器具メーカー、河野製作所(千葉県市川市)は、別の医師からの依頼を受け、硬いステンレスの材料を研ぐ砥石の研究から始めて3年で完成にこぎ着けた。今では海外から引き合いも来る。河野淳一社長(47)は「海外の先生は0.5㍉以下の組織の手術ができるとは思っていないので、世の中にこういう針があること自体知らなかった」と笑う。
どんな思いで超微小手術を生み出したのか。「元通りに治してほしいという患者さんの願いと、どこまできれいにできるか知りたいという医者の好奇心だね」と光嶋教授は答えた。

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