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お知らせ

平成23年1月1日(火) ツールエンジニア2011年1月号
 今月のゲスト
 河野製作所 河野淳一さん
 株式会社河野製作所殿

 今月のゲスト

「マイクロ・サージャリー」というのは、顕微鏡を使用し、特殊な器具を使って行なう、外科手術のことである。100μm以下の手術用針が開発される前は、縫合する際に、太い血管のある部分まで切開しなければ、縫合することができなかった。現在では、直径30μmの針が製品化され、50μm程度の血管であれば結合できるようになった。微細加工技術は、患者に低侵襲な外科手術を実現し、外科の手術領域を拡大し、医療の進歩に寄与している。

すきまを狙った製品から、世界市場へ
河野 淳一
[こうの・じゅんいち]
1963年に千葉県市川市生まれる。
1988年 青山学院大学経営学部を卒業し、千代田火災海上保険に入札
1991年9月 河野製作所に入社
1998年12月、河野製作所・代表取締役就任。

編集部 外科用の針と糸について、教えてください。
河野 手術用の縫合針は、機械加工で製造する典型的な多品種で少量生産の製品で、針の種類は1万近くあります。
編 微細なサイズの径は、どのくらい揃っているのですか。
河野 直径は80から、65、50、40、30μmの5種類があります。外科用の縫合針というのは、組織の抵抗を減らしてスムーズに作業ができるように、表面をコーティングしています。
コーティングすることによって、血管などの組織が引きつって裂けるようなことがないように、針の滑りをよくし、組織に損傷を与えないためです。
■外科用針は刃物
編 刃物のように、針にも切れが必要ですか。
河野 針の切れがよくないと、手術中に曲がってしまうことがあります。刃物は切れがよくないと、力が必要になりますが、針も同じで通りがよくないと曲がってしまいます。医療用の針の特性として、強度は重要で、針の切れというのは、刃先の通りと抜けのことです。
針の強度では、他社の製品ですが、直径に対して長さが長過ぎると思います。直径に対して長さが長いと、針がたわみやすくなります。たぶん加工上の問題で短くできないのでしょう。
編 針は曲がりやすいのですか。
河野 他社の製品で、直径が50μmの針だと、長さが3mm、4mmになっています。これだとL/Dが60以上になりますからが、フニヤフニヤというか、力を掛けると曲がってしまいます。径が細い針は、非常に曲がりやすいのです。当社の針は30μmで長さが0。8mmですからL/Dが27です。素材は、オーステナイト系のステンレス鋼線ですから、一回熟を入れてしまうとフニヤフニヤになってしまうので、熟をかけないように加工しています。研磨する際に、素材の温度をあげないように作業しています。
編 針を釣り針のように曲げているのは、作業性の問題ですか。
河野 針の湾曲は、対象部位や用途によって異なり、表面状であれば浅い湾曲で、深い場所を縫合するには、湾曲を大きくしています。
針には、刃先の形状や用途に応じた湾曲をつけるなど、多品種で少量の加工品です。
■素材から試作
編 直径30μmの針の開発は、素材からはじめたのですか。
河野 開発は、まず素材の選択から始めました。海外のメーカーが使用しているステンレスであれば加工しやすいのですが、径が細くなると、手術中に曲がったり折れたりする危険性があります。そこで、加工はしにくくても、剛性と同時に粘りを持っているステンレス鋼線を選びました。
微細外科用の針は、以前は素材がなかったので、社内で電解研磨して製作していました。現在は線材メーカーに引いてもらい、呼び径寸法に対して仕上げの公差を十にした素材を購入していま。
素材は直径30μmに対して、±で3/1000mm以下という許容差です。
開発していたころは、素材を電解研磨で必要な径に加工して、ローラで細く伸ばしていました。針の素材はステンレス鋼の304を使っていたのですが、現在は硬度が高くて粘りのある301に切り換えました。
このほか、加工中に素材がちぎれないようにする工具や、極細の線材を固定して加工する治具などを社内で開発しています。
素材から製品として出荷するまでに、ステンレス鋼の線材を鍛造や曲げによって成形し(成形と同時に加工硬化させている)、先端部を削った後、後端部に糸を取り付けてます。これらの検査を含めると、切削や研磨、表面コーティングなど30~40の工程が必要です。当社では針の製造には、顕微鏡を使っています。
編 製品を製造する場合に、1ロットの数量は、どのくらいですか、
河野1ロットが100本です。サイズが小さいから素材の使用量は少ないのですが、作業時問はかなりかかっています。現在の生産体制では、30μmの針を1ロット製作するのに、1週間くらいかかります。
編 開発期間はどのくらいでしたか。
河野 開発に着手してから3年後に、目標としていた微小針が完成しました。
直径30μmですから、肉眼ではほとんど見えないものでした。
篇 医療用具の製造を始めたのは、いつごろからですか。
河野 当社は1949年に創業し、計測機用の指針など機械部品を製作していました、その加工技術を基本に、1964年に外科の縫合などに使用する手術用の針と糸を中心にした、医療器具の製造販売業者として、医療分野に進出しました。その翌年の1965年に、切断指の再接着に成功した奈良県立医大の玉井進教授から、手指や細い血管、神経の縫合に適した針糸の開発を依頼されました。そのころの針は、1964年に直径0。4mm、1965年に0。2mm、1968年に0。15m町2000年ころまで0。1mmが製品の限界となっていました。
霜 開発ベンチャー企業としての方針が確立したのはいつごろですか。
河野 最初に実を結んだのが、心臓血管外科で使用する針糸の開発でした。いままでのポリプロピレン(PP)樹脂に替えて、世界で初めてポリフッ化ビニリデン(PVDF)樹脂を糸に採用し、新鋭の同具として当社が治験して承認を取得しました。
PVDFは、PPの糸に比べて熟安定性や耐薬品・耐放射線性にすぐれているなど、心臓血管外科手術に適した製品となっています。
じつは、この製品を開発するまで心臓血管外科での当社の実績はゼロでした。既存の企業がPVDF製の針糸を製品化しなかったのは、素材の加工がむずかしく、PPに比べて材料費も高価なこと、またある程度の市場占有率を取っていたので、新製品を投入する必要性がなかったのでしょう。
心臓血管外科は生命に直結するため、一役に医師の間に新しいものに対する拒否反応が強いと考えられていました。しかし、2001年に製品を市場投入すると、多数の医師に評価され、新しい事業領域を築くことができました。これによって心臓血管外科用針糸は現在、当社の全製品中、もっとも売上額の大きい事業となっています。
編 30μmの針を開発をはじめたのは。そのころですか。
河野 2000年の秋に開かれた学会で、帝京大学医学部教授の票島永嗣医師から、もう少し微小な針がつくれないか、と相談されたのが、きっかけです。500μm以下の組織、血管に対応する外科手術用の針糸がなく、血管レベルに対応した手術用具がなかったので、この領域は「無医村」と呼ばれていました。この領域を対象にした針と糸の開発は、これまで治療をあきらめていた分野に可能性を拡げるものです。
当時は、多くの医師がこのレベルの手術は無理だと考えていました。大企業では採算が取れる領域でないため、手をつけていなかったのです。
しかし、当社では技術者の開発の教材になればと考えて、試験的に研究を進めた結果、偶然にも開発できました。0.1mm以下の細い針を製造可能か、その時点ではまったく予想が立たなかったのです。
編 線材を機械加工して、仕上げるのですか。
河野 針の長さに切断した素材を加工していますが、針は穴をあける刃物の役目を果たしていますから、先端を研削して研いでいます。針先の形状は、メーカーによってノウハウの部分です。針には糸がつきますが、その穴はプレスで割ったものです。衣料などを縫製する針は、側面に穴があいてますが、小径な針の末端に穴を軸方向に加工しています。
編 針には、直角に穴をあけないのですか。
河野 微細外科用針糸の場合、針と糸が一体化しておりますが、裁縫の木綿針 のように尾部の針穴に糸を通すのでは、糸矢部が針径より太くなってしまうので、針を抜くときに糸穴が神経組織を損傷してしまいます。
そこで針の尾部から針の軸方向に小さな穴を加工し、そこに糸を差し込み、穴をしめつける構造にしています。サイズによっては、穴あけにレーザを使うこともあります。30μmの針は、丸棒の素材の末端を割って拓き、糸をかしめて止めています。
針の長さは、0.8mmですが、この径と長さの針は、肉眼では細部が見えない ので、外科手術はすべて顕微鏡を使ってが 作業しています。この針サイズが医療で使う場合には、限界だと思います。
編 これまで対象外だった500μm以下の外科手術が一般に普及するまでに、どのくらいの期間がかかるのですか。
河野 直径が30μmの針は、いままで80-90μmの針を使っていた先生が、80~70μm、70~50μmと下げている段階です。その限界が30μmですが、これから徐々に使う先生が増えて行くのでしょう。実際に使っていただき、学会などに使用事例を発表しながら、普及を勧めている状況です。かつての限界だった100μmから新しい手術分野として展開が始まっています。
編 30μmの針というのは、外科手術の工具としては、限界ですか。
河野 30μmが肉眼で見える範囲で、適用できる工具として最終的な製品だと思います。50μm以下になると細胞のレベル以下になって、外科手術ができない領域となります。50μmまでの血管、組織であれば手術が可能です。太さ30μmの手術用針であれば、マイクロ外科用手術には、ほとんど対応できます。
編 製品を開発しても、普及するまでかなり時間が掛かるのですね。
河野 微小外科としては、慎重に微小な方向に動いている状況です。いままでは、500μm以下は外科手術の対象外だったのが、マイクロ針の開発によって対象が広がり、細胞レベルまでの手術ができるようになりました。縫合による外科手術から次の段階の医療が必要な状況になると考えています。
いわば改良と革新のすきまを埋めているので、50μm以上500μm以下の領域で外科手術の道具として必要な針を提供して、かつては無医村だった領域に、微細な手術が行なえるようになったと考えています。
編 30μmの針を使う外科手術の環境は、どんなものですか。
河野 微細外科手術をする環境として、顕微鏡、針を保持する治工具などを揃える必要があります。
三鷹光器さんの外科手術用の50倍の高解像度立体視顕微鏡を使えば、実際に見えた状態で作業を行なえます。人間は見えていれば顕微鏡で拡大していても、作業をすることが可能です。心臓外科で使用している眼鏡型の顕微鏡は10倍ですが、かなり広い範囲が見えます。
編 顕微鏡を使った手先の作業感覚は、馴れるものですか。
河野 立体視顕微鏡を使うと、作業空間(対象物からレンズまで)を20~25cmに保ちながら、倍率50倍で、50μm~0.5mmの太さの血管を接合することができます。50倍の顕微鏡だと、作業エリアが5mm角です。これまでは作業空間が必要な手術用顕微鏡では、倍率は20倍が限界でした。
人間は、視覚が第1で、見えさえすれば、作業を調整しながら行なえるものです。顕微鏡を使って作業していると、見えているから、作業を終えたものを見て、こんな小さいものだったかと、本人が感動していました。

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